"今の日本の社会だと高校時代に将来を設計するのが一般的だ。
でもさぁ、今一応自分が社会人とかになって思うんすけど、
高校時代に人生決めるとか、無理じゃね?
社会の仕組みとか、当時の俺ら全然知らなかったじゃないすか。
仕組みもそうだし、その中でどういう仕事してる
どういう大人がいるかとか、リアリティ持って見れてない。
そしてなんで例えば若者がミュージシャンとか、漫画家とか、
アスリートとかになりたがりやすいかっていうと、
それが一番マスメディアに情報があふれてて、
比較的想像しやすい仕事だからじゃないか、とも思う。
社会が複雑になるにつれて職業の数は増えるし、
その人たちが実際に働いてるところって、
外からはどんどん見えにくくなってくるのに、
高校生ぐらいで「将来何をやりたいか選べ」と言われても
難しいどころかそんなんわかるかって話だ。
でも一個だけ、コツがあるとしたら、
「自分の好きなことの本質をつかむ」って部分じゃないか。
例えば同じスポーツ好きでも、試行錯誤して練習するのが好きなのか、
単純に体動かすのが好きなのか、
自分のプレイで周りが盛り上がるのが好きなのか、色々だ。
そりゃあもちろんみんながスポーツ選手になれれば
幸せかもしれないけど、そうもいかない以上、
スポーツ自体に注目するのではなく、
スポーツで○○するのが好きっていう、その○○に注目する。
そうした時に残った「体を動かす」とか、
「試行錯誤して練習する」とか、「周りを盛り上げる」とかを
ちょっとだけ考え直してみよう。
じゃあスポーツじゃないもので、その○○を満たしたらどうだろう?
あ、けっこう悪くないってか、それでも楽しいじゃんと。
マンガを読むとか、ネットをするとか、友達とおしゃべりするとか、
今の生活の中で色々楽しいことを全部挙げて、
じゃあマンガを読むことでどうするのが好きなの?とか、
ネットをしててどういうことが楽しいの?とか、
少しずつその考えを広げていく。
そしたら案外、小学生でもわかるような単純な単語に、
自分の楽しいことが凝縮されてくると思うんだ。
例えば俺の場合はそれが「考える」ことと「伝える」ことだった。
だから今学者なんていう仕事をしてるわけだし、
このブログもそのはけ口になってたりするわけだけれども、
別に学者になれなかったとしても、考えて伝える仕事なんていっぱいある。
そしてたぶん俺はそのどれになっても結局後悔しなかったと思う。
どれだけ社会が複雑になっても、そういうシンプルな行動の
好き嫌いっていうのは人間として変わらないものだから、
とりあえず現実の諸々はさておいて、そこだけを考えてみよう。
で、ちゃんと自分の中で答えが見えたら、
そこで初めて自分のしたい本質的なことをやりやすそうな仕事とか
業界とか、勉強することを探せばいいと思うし、
そしたら案外ピンとくるもんてすぐ見つかると思うよ。
"