"斉藤 「1990X」に登場する慶応大生の鵜川カナさんは、古本屋でネット時代以前の、渋谷系と言われているカルチャー雑誌を見つけるたびに、“保護”しているそうですが、雑誌がかつてのアナログレコードみたいになっているように思います。かつてDJじゃなくても、アナログ盤レコードを買うのがカッコイイみたいな風潮があったけど、ネット世代の子にとって、あえて紙にこだわるというのは、ある種の選民思想の表現になり得てるのかなと思います。"
女子カルチャーの新局面? ギャル系・カワイイ系でもない1990Xとは(2/2)|サイゾーウーマン

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"私が冗談で「寄せ鍋理論」と名付けている理論がある。たとえば、ひとりの友人に、いまから私と話をしましょう、そのための時間をください、と言ったら、不安になって警戒されるだろう。でも、いまからおいしい鍋を食べませんか、といえば、ああいいですね、行きましょう、ということになるだろう。

人と話をしたいなと思ったら、話をしましょうとお願いしても無理なのだ。考えてみれば奇妙なことである。けっきょく何が目的で鍋を囲むかというと、お互い話をするためである。だったら話だけすればよいではないか。

しかし、人は、お互いの存在をむき出しにすることが、ほんとうに苦手だ。私たちは、相手の目を見たくないし、自分の目も見られたくない。
私たちは、お互いの目を見ずにすますために、私たちの間に小さな鍋を置いて、そこを見るのである。"

朝日出版社第二編集部ブログ

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バカにはPCは使えないはずだった。バカにインターネットは使えないはずだった(そして紛れ込んできたバカがしばしばやらかして捕まっていた)。それは過去のことだ。インターネットは(賢い人のために)オープンであり、(賢い人にとっては)危ない場所ではなかった。現実は、インターネットがナニモノであるかなど気にしない程度のリテラシーの持ち主が、携帯の写メとおなじ感覚でTwitterに写真を上げる世界だ。そこが自由で在り続けることはある意味では既得権益の主張である。

その現実を受け入れた時、もはやインターネットが「情報リテラシーがある人にしか使えない」場所ではなく、「情報リテラシーがない人のリスクを軽減させる必要がある」場所だということがわかるだろう。是すなわちバカをバカと蔑んで来た者達の敗北である*1

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インターネットの自由はインターネットの自由によって殺され、後に残るのは既得権益という未来予想図 - novtan別館

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 2011年3月11日。Twitterは唯一の通信手段と言っても過言ではなかった。いつものくじらの絵が出ても、決しておかしくはない状況だった。しかし、Twitterにアクセスできないときに見られるくじらは現れなかった。なぜか。

 そこには、これまであまり語られてこなかった理由があった。

 その日は、日本時間で週末の金曜日、米国時間では木曜日の夜だった。Twitterのエンジニアは日本で起こった地震のニュースを知り、「もし、土日に大量のアクセスがあり、Twitterにアクセスできなくなったら大変な二次的被害を被る人が出てくるかもしれない」と思ったそうだ。そのとき、段ボールに詰まった未開封のサーバーがコンピュータールームにあることを思い出した。次の週に、これらをセットアップする予定だったのだ。彼は自分自身の判断で、これら全てをラックに入れ、日本向けのサーバー数を3倍に増やした。彼は後にこう語ったという。

 「いつもボスから言われていたことがありました。――『会社やボスの命令で体を動かすのではなく、会社や社会のためにどうすればいいかということを判断して体を動かしなさい。あなたがこの会社に勤めている限り、自分自身の判断で行動しなさい』」。

 彼のボスは、ボスである自分の判断を待つことなく、組織を作る1人1人に自ら判断するよう呼び掛けていた。他の通信手段がバタバタと落ちていったとき、Twitterだけが生き残っていたことには、こうしたボスの資質が大きく影響していた。

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変化するリーダーの資質:あの日、Twitterのくじらが出なかったもう1つの理由 - @IT

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uinyan:

SLPY 笑った風俗店の名

uinyan:

SLPY 笑った風俗店の名

(Source: yuroyoro, via sociologbook)

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まとめサイトのキュレーションのまとめページのリコメンドが先鋭化した結果、人々が読んで聞いて楽しむものは、かつてなく画一化される恐れがある。これはインターネット上の情報やウェブサービスの人気に限らず、テレビ番組、おやつ、ファッション、旅行先、スポーツといったものの多くにおいて、ごく一部だけが成功し、多くは見向きもされなくなる。ロングテールの反対、ビッグヘッドである。

最悪の場合、パーソナライゼーションはビッグヘッドをそれらしく並べかえただけのものになる。Web 2.0で花開いたハイアマチュアのコンテンツ発信というトレンドは、ほぼ消える可能性がある。

私はこの予言が外れることを心から願っている。そのために必要なのは、意図的に他人へ目を向けなくするためのシステム、あるいは自分とは違う人と繋がるためのシステムだろう。幸いなことに、私たちはすでにこのシステムを持っている。それはアナログな世界であり、一人で街を歩き、はじめてのバーに入って、見知らぬ人と話すということである。

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2013年5つの予言:テレパシーの普及、アップルはテレビを作る、ほか | 辺境社会研究室

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社会の変化は、障害の問題を通して見えることは多くて、それからすると、どうやら社会の同調性の軸が変わったと言えます。目の見えない、耳の聞こえない人も車椅子の人もいていいじゃない! そういう多様性は確かに認められているけれど、同時に、障害者のグループの中でも「あの人は空気読めていない」とか「発達障害なんじゃない?」といった、かつては言われなかった秩序がはびこっていて、それをもとに序列化が始まっています。

多様さが可視化され、価値があると言われる一方で、その水面下では「とは言え、あれでは困る」という価値観も強烈に進行している。つまり、求められる人間像が組み変わっている。

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#332 人生の指針とは何かと問うとき、多様でありえる自立が始まる - 熊谷 晋一郎さん(小児科医) | mammo.tv

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依存先の分散が大事だと思うようになりました。自分を支える人が親だとか、一箇所に集中させるのは危ない。

私がひとり暮らしを始めたのは、親が死ぬと私も死ぬような生存基盤だと困るからです。自分を支えてくれる人がたくさんいるという状況を早くつくらないといけない。それが生存するために必要不可欠だと思ったからです。だから、親代わりのような密接な結びつきを見つけるのではリスクが高く、薄く広く支える人を調達しないといけない。

ひとり暮らしを始めてからお気に入りの介助者が現れるたびに「危ない」と思うようになりました。うまい介助者がいると快適ですが、その人に頼ると、やはり親代わりでしかない。理解者が支えてくれるのは当たり前で、それに依存すると危ないのです。全然理解しない人に体当たりしたら、どの程度支えてくれるか知りたい。それが生存の前提を知る上で重要です。

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#332 人生の指針とは何かと問うとき、多様でありえる自立が始まる - 熊谷 晋一郎さん(小児科医) | mammo.tv

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earthlynation:

African Penguins. Photo by HollyBerry255

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African Penguins. Photo by HollyBerry255

(via sociologbook)

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