ぼくは、一般人に死刑判決させるだけでは生ぬるいと思う。処刑までさせるべきだと思う。絞首台の落とし戸のボタンを、一般市民に押させるべきだ。受刑者の監獄の鍵を、一般人が自ら掛けるべきだと思う。それでこそ、人々は社会のもつ厳しい側面を自らの責任として実感できるようになる。
じつはアメリカは偉いところで、一部地域ではこれをすでに行なっていた。死刑執行のボタンを一般人に押させるのだ。実際には数人が同時に複数のボタンを押し、誰が実際に手を下したのかわからないようにはしていたという。
でも、誰かはやっている。それは自分かもしれないと人々が思い、そしてそれがどうしても必要なことなのだと無理にでも納得する――ぼくはそれが社会的に重要なことだと思う。人々がその重みを感じ、その意味を考えることが、民主主義にとって決定的な意味をもつと思う。
"裁判員制度は生ぬるい:山形浩生(評論家兼業サラリーマン)(Voice) - goo ニュース