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(2008.11.11)依然として話題に事欠かない小室哲哉問題について
ttp://www.j-cia.com/article.php?a=4479
私は以前小室の関係する会社にいたのですが、小室がどうしてこんな複雑怪奇なことになったのかというのは意外に知られていません。そこで私の知っていることをお知らせします。これを読み取っていただけると今の流れが見えてくるはずです。
 
1.すべてのはじまりは1992年
 
 小室氏が世に出たのは1980年代、TM NETWORKとしてです。TM時代はそのマネジメントをタイムマシンという事務所が行っていました。ここは元々、ジュンとネネなどを手がけた松村慶子という女性が社長のJ&K音楽出版という会社が母体で、ここの社員に小室らの同級生青木貴善がおり、彼がTMのデビューにあたり、自分の会社の一部門から出発してマネジメントをしていました。
 
 このJ&Kはさらに母体があり、元は業界の老舗 小澤音楽事務所です。TMが売れるようになった後も、ヒット曲の権利などを全て事務所に吸い上げられ、給料も安く抑えられていたために小室は次第に事務所に対して不満を抱きます。
 
 そこでTM NETWORKが92年に活動休止するタイミングで彼は事務所から独立します。そしてこの独立のきっかけとなったのが、先日会見で「とてもお世話になった」と語ったavexの松浦です。当時は貸しレコード屋がやっと自社でCDを出せるようになった程度の弱小新興レコード会社でしたが、小室の才能はもっと開花すべきと彼と二人三脚で活動。trfを立ち上げます。
 
 avexは当時、レイブブームを仕掛け、東京ドームを一日ジュリアナにしてしまうイベントなどで話題を集めていました。この流れには様々な山師の力が働きますが、ここで集まってきた取り巻きがそのまま小室という御輿を担いで小室ブームを作るのです。
 
 小室が事務所を離れ、急におかしな連中とつるんでいくことは業界でも問題視されていましたし、元の事務所絡みでも圧力はありました。が、この時に小室を守ったのが後にソニーレコードの社長になり、プレステ事業にも深くかかわった丸山茂雄氏です。
 
 小室のためにソニー内に事務所を作り、スタッフを集結させて小室のマネジメントをしたのです。Kさんというマネージャーが担当しましたが、彼は複数のレコード会社や
様々なタイアップなど多岐に渡る小室プロジェクトをまとめて手腕を発揮しました。ところが・・
 
 
2.1996年頂点の中で崩壊はじまる。
 
 trf、アムロなど小室プロデュースの黄金時代が到来し、頂点を極めた頃、その影に隠れ、ついにKさんは小室のフォローで限界に達します。”噂されていた件のもみ消し”などで疲れ切ってしまったらしいです。Kさんがいなくなったあと、小室の手綱を握れる人間もいなくなり、とうとう小室はソニーのマネジメントから離れます。
 
 その頃、小室にはavexはもちろん、電通など各社から取り巻きが集まっており、彼らが代わって小室プロジェクトを仕切るようになります。各社の社内に小室プロダクションが設立されるようになり、さらに小室自身もそれら取り巻きのアドバイスに従い、節税対策という意味も込めて、自分のアシスタント達による制作部門、当時大金を突っ込んでいたwebサイト部門など自分にかかわるプロジェクトごとにたくさんの会社を作ります。tkなんたらとついた会社が一時は20~30ありました。
 
 で、それらをまとめて管理するホールディングスというか、管理会社があればよかったのですが、元々全てが資本関係にあるわけでもなく、むしろ小室をダシに金を儲けたい人達が自分の利益だけを目的に作った会社なのでむしろ内部で足の引っ張り合いになり、そのうちにブームも失速。集まっていた連中も少しずつ引き上げていきました。
 
 で、この時点で小室に関する権利やマネジメントがすでにぐちゃぐちゃで複数にわたるシステムになっていたのはおわかりいただけたと思います。
 
そして・・

2000年 Rojamショック。小室が作った会社の中でも最も多額の投資になった香港のRojamが事実上崩壊します。この会社はマードックと電通の一部に載せられてアジア進出だ~!といい気にさせられて小室と小室ファミリーの一部が出資し、アジアでの音楽ビジネスを夢見て作った会社でした。
 
 特に小室は90年から取り巻きにおだてられ、これからは「ネットで音楽配信」と言いだしていたので、それをこの会社でやろうと多額のシステム開発費などを投資していました。ところが多額の開発費をとったB社はそれを完成することなく破綻。実はこのへんにリキッドオーディオとかが絡んでたりします。暴力団が関与した案件です。
 
 この失敗で大きな損失を出した小室は一転窮地に追い込まれますが、当時はまだ多少は売れる曲も出していたし、印税の額も大きかったのでなんとかそれでしのいでいました。しかしいよいよこれは不味いという状況に追い込まれ、また複雑になった過去の関係を整理したいと吉本の先代の会長に泣きついて吉本入りしたわけです。
 
 吉本やavex 松浦は小室の資産を整理し、一部買い上げもし、相当な労力を使ってなんとか小室の再生を目指しましたが、2004年頃には増え続ける借金と本人の創作意欲低下でヒットも出ず、どうにもならない状況となり、いよいよ見切りをつけました。
 
 そしてそのあとどうしようもなくなった小室は、いよいよ報道されているような詐欺にまで手を出すようになったのです・・・。
 
 基本的には本人が悪い部分もありますが、業界人達が比較的小室に同情的で、取り巻きが悪いといっているのは、そうしたハゲタカ達のことをある程度知っているからに他なりません。
 
 ちなみに逮捕される直前の涙ぐましいエピソードをご披露しましょう。
 
1.小室が去年秋葉のメイド喫茶をプロデュースした というニュースが流れました。が、あれは小室はまったく関知しておらず、例の二重契約状態だった事務所のうちの一社が勝手にやったことだったそうです。これに限らず、世に出ている小室が絡んだとされるものでも、こうした小室関連企業と称するとこが勝手にやっていたケースが多かったようで当然本人にはまったくお金がはいりません。
 
2.去年の12月にTMNETWORKとしては久々のアルバム「SPEEDWAY」が発売されました。このアルバム、なぜか3曲もインストゥルメンタル、つまり歌なしの曲があります。なぜかといえば、これは小室の自宅、例の赤坂のマンション内にあるスタジオでレコーディングされたのですが、実はレコーディングの制作中にそれらの機材を売り払わねばならない状況となってしまい、結局ボーカル入れが出来なかったので、そのままインストとして仕上げて発売してしまったそうです(笑)。
 
 もちろん表向きにはそんなことを言ってませんが、商売道具も手放さなければならない程逼迫していたということですね。

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[mixi] TM NETWORK/TMN | 小室さんの逮捕について

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